栗城史多さん無念!エベレスト登頂ならず死亡!指再生努力報われず!

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アルピニストの栗城史多さんがエベレスト登頂を目指していましたが、 5月21日死亡したと発表されました。

栗城史多さんは、 本日ネットテレビ番組のAbemaTVで登頂の様子が生中継されることになっていました。

しかし現地報道によると、生中継を待たずに栗城史多さんの死亡が確認されたとのことです。

死亡確認の経緯

栗城史多さんは標高7200m付近に設置されているキャンプ3でです。

この情報は今回の栗城史多さん登頂をサポートしているディレクター(ティカラム・ぐるングさん)である方からの情報なので信憑性がありそうです。

そして、新しい情報として栗城史多さんが経営する事務所の小林さんから栗城史多さんが遺体で見つかったとフェイスブックで発表がありましたので栗城史多さんの死亡は間違いないようです。

栗城史多さんですが、日本時間の午前10時頃には標高7400m地点まで登っていたものの、本人の体調が優れないため下山するとの報告がされていました。

しかし、報告があった7400m地点から200m下った地点で力尽きたということです。

小林さんによると、下山を開始して栗城史多さんに無線で連絡を試みるも反応がないため捜索していると息絶えた栗城史多さんを発見したとのことです。

 

栗城史多さんの略歴

生年月日 1982年6月9日
出身 北海道
所属 株式会社たお(代表取締役)

 

エベレスト登山については、年に1回から2回行っており、2010年からの履歴は下記のようになっています。

  1. 2009年 チベット側から登頂を目指すも途中断念。
  2. 2010年 ネパール側から登頂を目指すが途中断念。
  3. 2011年 ネパール側から登頂を目指すも途中断念。
  4. 2012年 西稜ルートから登頂を目指すも途中断念。
  5. 2015年 途中断念。
  6. 2016年 途中断念。
  7. 2017年 途中断念。
  8. 2018年 死亡確認。

2009年から7度エベレスト登頂を目指した栗城史多さんですが、2012年の挑戦時には凍傷を患い、両手10本中9本を切断を余儀なくされています。

しかし、リハビリに励み、それからも単独ヒマラヤ登頂を目指していた中、志半ばで命を絶つことになってしまいました。無念だったことでしょう。

まとめ

今回、アルピニストの栗城史多さんがお亡くなりになった聞き、経歴を調べました。

すると、9本の指を切断したのちもエベレスト登頂に挑戦されていたと聞き、亡くなられrたことは残念ですが、登山家の栗城史多さんにとっては本望だったのかなとも感じつつ、生きて帰ってきてほしかったとも思います。

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