仲川遥香がいまインドネシアで凄い人気を得て高年収を稼げるポイントはたった2つ!

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仲川遥香さんご存知でしょうか。

 

今、インドネシアで知らない人はいないと言われる日本人のタレントです。

 

 

日本のアイドルファン、特にAKB48のファンであれば知っていると思います。

 

インドネシアですごい人気を得て、日本にいた時と比べて段違いに高収入を稼いでいると言われる仲川遥香さんですが、インドネシアのJKT48に移籍した当初から人気があったわけではありません

 

ここまでの大成功を成し遂げるにあたって、『大きなポイントが二つ』あります。

 

この記事では、仲川遥香さんのプロフィールを確認した後、 AKB48時代を振り返った後に、インドネシアで人気者になる二つのポイントを確認してみます。

 

まずはプロフィールの確認からスタートします。

仲川遥香のプロフィール

 

 

仲川遥香さんのプロフィールを簡単にまとめると次のようになります。

 

名前 仲川遥香(なかがわはるか)
生年月日 1992年2月10日
出身地 東京都
所属事務所 電通インドネシア
愛称 はるごん ごん はるさん はるか

 

仲川遥香さんは東京都出身1992年2月10日生まれです。

 

2006年、16歳の時に第3期AKB48追加メンバーオーディションに合格することで 、AKB48としての活動をスタートさせます。

 

第3期の同期には、柏木由紀さんや渡辺麻友さんがいます。

 

2012年にはAKB48からインドネシア(ジャカルタ)を拠点にするJKT48に移籍し、インドネシアで最も有名な日本人と言われるまでの凄い人気を得ることになります。

AKB48時代の仲川遥香

 

AKB48時代の仲川遥香さんは、2007年チームBのメンバーとしてキャリアをスタートし、2010年にチームAに移籍します。

 

また、ユニットしては「渡り廊下走り隊7」のメンバーとしても活動します。このユニットでも渡辺麻友さんと一緒でしたね。

 

そして、AKB48といえば選抜総選挙

 

選抜総選挙で知名度が上がり人気メンバーとしてメディアに多く登場するメンバーがいる一方で、選抜総選挙で順位が低かったり圏外だったりすると、劇場以外の外仕事がはいらず、一向に知名度が上がらないメンバーがいます。

 

仲川遥香さんは、選抜総選挙には第2回から第4回、第6回に出馬しており、結果は下記の通りです。

 

  • 第2回 20位
  • 第3回 24位
  • 第4回 44位

 

第2回、第3回はアンダーガールズ入りするも、第4回は大きく順位を落とし、第6回については、圏外となります。

 

決して不人気というわけではないものの、伸び悩み状態に陥っている状態に、本人も悩みつつ、「何とかしなければ」と思っていたようです。

 

もうすぐ、二十歳という時期になり、仲川遥香さんは大きな決断をすることになります。

仲川遥香がインドネシア(JKT48)に移籍するきっかけ

 

なんと、仲川遥香ことはるごんがインドネシアのジャカルタを拠点とするJKT48に移籍すると発表されたのです。

 

この時発表されたのは期限付きの移籍です。半年から1年といことでした。

 

これまで、日本国内のAKB48グループから海外の姉妹グループへの完全移籍はなかったので多くのメンバーやファンが驚きました。

 

しかし、組閣発表にてJKT48への移籍が発表された時の仲川遥香さんは、満面の笑みを浮かべてJKT48のメンバーの所に駆け寄っていったのです。

 

実は、JKT48への移籍は仲川遥香さんからの立候補だったということが後に明かされます。

 

仲川遥香さんからすると、20歳を目の前にして、AKB48のメンバーとしての仕事が少なく悩むことが多くなっていたそうです。

 

そんな時、海外姉妹グループへの留学制度の話を耳にした仲川遥香さん。

 

仲が良かったAKB48の絶対的エースである前田敦子の卒業宣言に勇気をもらい、そして、一度訪れたことがあるJKT48のメンバーが良い子ばかりだったことを思い出し、「海外で頑張ってみよう」と思い、JKT48への移籍を決断させたとのこと。

 

このような背景があり仲川遥香さんは、もうひとりの留学生である高城亜樹とともに、JKT48に移籍しました。

仲川遥香がインドネシアで凄い人気を得て高年収を稼げる2つのポイント!

 

 

仲川遥香さんや高城亜樹さんはインドネシア(ジャカルタ)を拠点とするJKT48に移籍します。

 

しかし、2人ともインドネシア語は話せません。

 

当然ですが、メンバーやスタッフさんとの会話もままなりません。

 

海外移籍の準備期間がなかったので当然でもありますね。

 

しかし、仲川遥香さんは、多くの人がびっくりするほどの短期間でJKT48のメンバーとして溶け込み、ファンにも応援される存在になったのです。

 

JKT48で開催されたJKT48選抜総選挙には第1回から第3回まで出馬し、下記の結果を残しています。

 

  • 第1回 3位
  • 第2回 2位
  • 第3回 3位

 

JKT48に移籍して約1年半後の2014年に開催された第1回JKT48選抜総選挙では、日本人メンバーでありながら「3位」を獲得

 

そして、第2回、第3回においても、2位3位と高順位を獲得するのです。

 

当時のインドネシアではJKT48が日本のAKB48のような人気となっていたこともあり、仲川遥香の知名度は一気にインドネシアに広まったのです。

 

しかし、ここで気になるのが、「どのようにしてJKT48の中でも人気者になったのか」です。

 

そこには、JKT48に移籍する上で芽生えた思いがあったのです。

 

その思いはJKT48の知名度向上です。

 

発足当時のJKT48は珍しいこともありメディア露出は増えているものの、メンバーはメディア慣れしていません。

 

日本のテレビ局と同じように、テレビに出演して歌を歌ったあとにはトークコーナーがあったりします。

 

しかし、テレビ慣れしていないメンバーにとってはありきたりの内容を話すだけで、聞いている者にとっては面白くないものだったと言います。

 

そんな中、仲川遥香さんは日本のテレビ局でバラエティを経験しています。

 

その経験が生きたのか、当時は片言しか話せなかったインドネシア語で話し、しかも司会者にいたずらを仕掛けたり、お菓子を食べたりと番組スタッフが驚くような行動をアドリブで行ったのです。

 

そのような場に慣れていない司会者や視聴者や観客は驚きとともに大爆笑とのことです。

 

『勇気ある一歩を踏み出した』

ということですね。

 

日本でも同じですが、型破りな人間が登場すると SMS などで一気に拡散します。

 

あとは出演番組が増えるので自然と知名度が上がっていったとうことでしょう。

 

しかしここで重要なことがあります、それは仲川遥香さんは、インドネシアに渡ってわずか半年で日常会話には困らないほどのインドネシア語の習得をしていたとのことなのです。

 

そうです、トーク番組で片言であっても会話出来るレベルにはあったということです。

 

でも、どうやってインドネシア語を半年でマスターしたのか気になるところです。

 

仲川遥香さんによると、「一つ単語を覚えればすぐに使う」のがコツだということです。

 

一つの単語を覚えればたとえ間違った使い方だったとしても良いので、積極的にメンバーに話しかけるんだそうです。

 

もし間違った使い方をしていたら、メンバーが「こうした方がいいよ」と教えてくれるとのこと。

 

間違っても良いから何度も何度も覚えたことを実際に使って試すことで、身についていったんだそうです。

 

日本でもそうですが、外国人の方が日本に来て積極的に日本語を話している時、間違っていても変に思わないですよね。

 

それと同じだと思います。

 

インドネシアの方も日本人だからということで変なインドネシア語についても大目に見てくれて楽しんでくれたっていうのがあったと思います。

 

ここでまとめると、仲川遥香さんがインドネシアですごい人気を得るきっかけとなった二つのポイントは次の通りです。

 

  • 語学
  • 積極性(覚悟)

 

失敗しても恐れずにインドネシア語話すことで、インドネシア語マスターし人とのコミュニケーションが取れるようになったことと、「自分はJKT48の知名度を上げるためにインドネシアに来た」という覚悟を元にした積極性が インドネシアの人たちに認められたことが大きな二つのポイントだと思います。

 

仲川遥香さんは2012年にJKT48に移籍し、2016年にJKT48と48グループからの卒業します。

 

当初、半年から1年だと言われていた JKT48への移籍ですが、本人の希望もありAKB48には戻らずJKT48で活動を続けた4年間で、仲川遥香さんはJKT48のスターからインドネシアのスターに成長しました。

 

そして、JKT48卒業後もインドネシアに残り女優業も含めて活動しています。

 

その結果、20本を超えるテレビCMに出演しCM女王となり、2017年、2018年と2年連続で「ツイッターで影響力がある世界の女性15人」に選ばれるほどのタレントになっています。

 

当然ですが年収も高額になるはずです。

 

日本のテレビ番組に出演した時に、年収が1千万円以上あることを告白しています。

 

 

しかし、インドネシアの平均年収が「27.6万円」ということですから、インドネシアで1千万円以上は凄い額ですね。

 

リアルな金額こそ明らかにしていませんが、契約しているCMの量とタレントの価値からすると1千万円で収まらない年収を稼いでいると考えて間違いないでしょう。

 

だからこそ、本当かはわかりませんが「ランボルギーニを持っている」と噂になるのだと思います。

まとめ

 

仲川遥香さんが、がいまインドネシアで凄い人気を得て高年収を稼げるポイントに2つあるということでお伝えしてきました。

 

「海外に行ってでも自分を変えたい」「自分がJKT48の知名度を上げる」という『覚悟と積極性』とメンバーだけでなく、スタッフ、テレビ関係者とのコミュニケーションに欠かせない『語学』が成功への大きなポイントとして挙げられるでしょう。

 

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