【袴田事件】再審請求棄却はまるでテレビドラマのよう!人権よりメンツが大事?

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2018年6月11日、袴田事件の再審請求に対して、東京高裁は棄却しました。

しかし、「死刑」と「拘置」の執行停止については取り消さない判決を下しました。

今回の東京高裁の判決ですが、まるでドラマのように感じませんか?

正義はどこにあるのでしょうか?

 

再審請求棄却の理由

袴田事件は1966年に発生した事件で1980年に死刑が確定しました。

しかし、その後2014年8月になって、静岡地方検察庁が袴田事件の証拠である「ネガフィルムは存在しない」と言っていたものが実は静岡県警で保管されていることが判明。

 

この、「ネガフィルムは存在しない」が実は「存在していた」なんて、どこかで聞いたフレーズではありませんか?

 

「財務省」問題そのものですね。

その後ろ盾が政府。

 

財務省の問題でも、キャリアの背広組とノンキャリアの現場では扱いや権限は全く違います。

キャリア官僚はノンキャリアを見下していますからね。

官僚組織は軍隊と同じで、上意下達の組織ですので、上から下にものは言えても、下から上にはものを言えません。

財務省の問題も、そうでしたね。

 

刑事ドラマでよく見る光景

今回の判決は、テレビの刑事ドラマで観る内容と似ていると思いませんか?

警察や検察のメンツが大きく影響しているような・・・

 

刑事ドラマはフィクションなので全てが本当ではないことはわかります。

しかし、「一度起訴されると不起訴になることはない」というのは本当なのでしょう。

 

これこそ「メンツ」そのものですね。

 

凶悪犯罪の証拠についても、何十年も前は自白が一番重要とされ、本当は犯していない罪について暴力などを使って自白されていました。

しかし、今ではDNA鑑定の技術が進み、年々技術は高速に進歩しています。

なのに、怪しい判決だったものでも裁判の再審請求は通りません。

 

万が一、警察や検察が行ったことがひっくりされることがあればメンツに関わりますからね。

 

「メンツ」で動くのは警察だけでなく、企業も同じです。

 

しかし、警察や検察が扱うのは人の将来に大きな影響を及ぼしますので、企業でのメンツの重さは警察や検察に比べると軽いものです。

それが、死刑のような人の生死に関わるのであればなおさらです。

人なので間違うこともあります。

なので、「間違いを認める」勇気ももって頂きたいものです。

 

まとめ

袴田事件は事件発生から50年が経過している事件で、被告は無罪を訴え続けています。

50年前と今では捜査の方法も違うでしょうし、判決までのルールも違うでしょう。

そして、無実を訴え続けるのには大きなパワーと意志が必要です。

本当のことは私にはわかりません。

しかし、このことを考えると今回の東京高裁の判決は「?」と思わざる得ません。

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