浅利慶太死去(劇団四季創設者)!経歴は?息子は浅利陽介?

ミュージカル

劇団四季創設者の浅利慶太さんが死去されました。

浅利慶太さんは85歳で亡くなられましたが、これまでの経歴を振り返るとともにご家族の中でも息子さんが浅利陽介なのかについても調べましたのでご紹介します。

浅利慶太さんプロフィール

 

生年月日   : 1933年3月16日出身地    : 東京都

所属事務所  : 浅利演出事務所

出身校    : 慶應義塾大学

 

浅利慶太さんは慶應義塾大学在籍中の20歳の時に劇団四季を結成します。

当時の劇団員は浅利慶太さんと同じ慶應義塾大学の学生と東京大学の濁世が中心となっていたとのこです。

そして、1969年には日本ゼネラルアーツを設立し、日生劇場にて越路吹雪リサイタルを演出します。

この時のエピソードは越路吹雪物語でも描かれていました。

 

劇団四季が大きく飛躍したのは1970年以降のこと。

 

海外ミュージカルの翻訳上演を開始したことがきっかけだったようです。

この公演がきっかけとなり大物政治家とも知り合いになったことで、資金面、及び集客面でも大幅に状況が良くなり、劇団四季は日本でも大きな劇団へと成長していきます。

 

劇団四季が全国的に有名になったのは「キャッツ」のロングラン公演です。

1983年のことです。

 


引用元:劇団四季

 

そして、その後も活躍を続け、2014年6月に劇団四季の運営企業四季株式会社の代表を退いています。

 

劇団四季を離れた翌年の2015年3月には「浅利慶太演出(プロデュース)」を全面に打ち出した会社「浅利演出事務所」を設立し、自らの演出公演をプロデュースしました。

 

そして、2018年7月13日亡くなられました。

病名は「悪性リンパ腫」でした。

 

浅利慶太さんの息子さんは浅利陽介?

浅利慶太さんの息子さんについていろいろと話題になっています。

それは、俳優の浅利陽介さんが息子さんなのではないかということです。


引用元:浅利陽介オフィシャルブログ

 

調べたところ、浅利慶太さんは3度結婚されていますが、子供は居ないようです。

 

よって、浅利陽介さんは息子さんではありません。

 

まとめ

日本を代表する演出家の浅利慶太さんが亡くなられました。

現在、日本ではミュージカルが当たり前のように上演されていますが、このような文化を作ったひとつの要因は劇団四季であり、劇団四季を作った浅利慶太さんの存在でしょう。

浅利慶太さんの魂は後輩たちに受け継がれているので安心して眠っていただきたいですね。

 

 

 

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