飯田怜の四つん這いでタスキつなぐ!棄権しなかった理由と背景が明らかに!

陸上

昨日(2018年10月21日)開催されたプリンセス駅伝は波乱の大会になりました。

 

中でも一番注目されたのが岩谷産業の飯田怜選手

 

飯田怜選手はタスキを繋ぐ中継所まであと250mというところで突然倒れ、その後四つん這い中継所に向かったのです。

 

なんとも見ていて痛々しい姿が賛否をよんでいます。

 

飯田怜選手が通常だったら棄権するところですが、棄権しませんでした。

 

なぜ、このようなことになったのかをお伝えします。

飯田怜選手のプロフィールと犯行内容

 

全日本実業団対抗女子駅伝予選会で、岩谷産業の第2区・飯田怜(19)が残り約200メートルで走ることができなくなり、両膝を付き、四つんばいになって第2中継所の勝浦浜を目指すアクシデントがあった。

第3区の今田麻里絵は目に涙を浮かべながら、飯田が必死につなげようとしているタスキを待った。飯田は膝をすりむきながら進み、なんとか今田にタスキをつないだ。

参加27位チーム中最下位となったが、そこから一丸となって盛り返し、チームは21位でフィニッシュした。

出典:日刊スポーツ

 

飯田怜選手のプロフィール

 

氏名 飯田怜(いいだれい)

引用元:岩谷産業陸上競技部
年齢 19歳
出身地 熊本県
出身高校地 ルーテル学院高校
所属 岩谷産業
自己記録
  • 1500m(2017年6月:4分34秒84)
  • 3000m(2018年5月:9分35秒69)
職業 会社員

 

飯田怜選手は今年(2018年)、ルーテル学院高校を卒業して岩谷産業に入社します。

 

高校時代にの昨年(2017年)にトラック競技の1500mで「4分34秒84」の記録を出しています。

 

そして、今年岩谷産業に入社してすぐの5月には同じトラック競技の3000mで「9分35秒69」の記録を出しています。

 

岩谷産業陸上競技部は2017年創部となっていますので、歴史は浅いことになります。

 

現在の部員は7名とのことですので、部員総出での大会だったということでしょう。

 

その分、今年入社した飯田怜選手も大きな責任を感じていたため、今回のような行動となったのdしょう。

 

レース概要

 

駅伝名 プリンセス駅伝 in 宗像・福津~第4回全日本実業団対抗女子駅伝競走大会予選会~
開催日時 2018年10月21日12時10分スタート
会場 宗像市~福津市~宗像市
距離 42.195km
区間 全7区(1区:7.0km、2区:3.6km、3区:10.7km、4区:3.8km、5区:10.4km、6区:6.695km)

 

今回のプリンセス駅伝は全日本実業団対抗女子駅伝競走大会予選会という位置づけの大会です。

 

上位14チームが全日本実業団対抗女子駅伝競走大会への出場資格が与えられる大会だったのです。

 

岩谷産業もこの大会への出場を目標に頑張ってきたことでしょうし、少ない部員全員で頑張ってきたことでしょう。

 

 

飯田怜選手の異変

今回、飯田怜選手は2区を任されました。

 

2区の距離は3.6km。

 

快走を続けていた飯田怜選手ですが、タスキをつなぐ中継所まであと250mという地点で突如足がガクッと落ち、倒れ込みます。

 

すると、飯田怜選手は四つん這いになって前進を始めたのです。

 

四つん這いで全身する飯田怜選手の姿に周りの観客もテレビの前の視聴者もいたたまれない気持ちになります。

 

通常だと棄権するのに、棄権となりません。

 

監督はなぜ棄権しなかったのでしょうか?

 

監督が棄権しなかった理由

 

実は、岩谷産業監督の廣瀬永和監督ですが、『棄権を申し出ていた』のです。

 

監督としては、四つん這いになって前進している飯田怜選手の姿を見てすぐに棄権を大会本部に伝えたとのことです。

 

では、なぜ大会本部は棄権を受け入れなかったのでしょうか?

 

 

大会本部が棄権を受け入れなかった理由

 

既にお伝えした通り、飯田怜選手が四つん這いで前進し始めたのは中継所まであと250mという地点です。

 

少しづつでも前進します。

 

岩谷産業監督から棄権の申し出を受けた関係者が大会本部に伝え、飯田怜選手を止めようとしたときは既に中継所まで20mの地点だったとのこと。

 

大会本部としては、あと20mということで、あえて棄権とせず、レースを続けさせたということが真相のようです。

 

飯田怜選手の故障理由

 

飯田怜選手はレース中に突然膝がガクッとなりました。

 

そして、その後は立つことができず四つん這いで前進します。

 

その理由は、『スネの骨折』です。

 

飯田怜選手は今年の夏場は故障で思うようなトレーニングが出来なかったそうです。

 

今回の骨折は夏場の故障が影響したのか、または疲労骨折だったのかもしれませんね。

 

怪我の完治までの期間

 

 

飯田怜選手はスネの骨折という診断が出ました。

通常骨折した骨は1ヶ月で表面部分はひっつくと言われています。

 

ただ、骨折した部位によっては治りが遅いのも事実です。

 

トップアスリートが元の状況に戻すとなると更に日にちは必要になるでしょう。

 

飯田怜選手の怪我ですが、

 

『全治3ヶ月から4ヶ月』

 

とのことです。

 

レースを見ていた視聴者の声

 

 

まとめ

飯田怜選手や岩谷産業チームにとっては苦い大会になったと思いますが、選手は皆若くこれからのチームです。

飯田怜選手は焦ることなく、確実に怪我を治してまた頑張ってほしいですね。

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