高校生でありながら自称仏師として活動している宮沢汰佳くんが8月18日(火)放送の「マツコの知らない世界」に出演します。
宮沢汰佳くんは過去に新聞で取り上げられたことで有名になってきており、これまでも何度かテレビに出演した経験があります。
それなりの注目されている人でないと「マツコの知らない世界」には出演できませんよね。
今回はその宮沢汰佳くんの「高校は?」「wikiプロフは?」「経歴は?」「なぜ仏師に?」など、気になる情報を調べてみたいと思います。
宮沢汰佳が通う高校は?
宮沢汰佳くんが通う高校は「学校法人篠ノ井学園 長野俊英高等学校」です。
引用元:http://shinonoi-gakuen.ac.jp/nagano-shun_ei/
2020年3月まで長野俊英高等学校で校長を務められていた方が発行している「月間 校長通信」で宮沢汰佳くんのことも取り上げられています。
引用元 http://shinonoi-gakuen.ac.jp/nagano-shun_ei/wp-content/uploads/2020/03/KochoTsushinNo12R02.pdf#search=’%E5%AE%AE%E6%B2%A2%E6%B1%B0%E4%BD%B3′
たくさんの仏像に囲まれにっこりと微笑む宮沢汰佳くん。
高校生にして今まで作り上げてきた仏像の数はなんと300体以上!
ただものではない感みたいなものを感じると思います。
校長先生が発行する「校長通信」で紹介されるくらいなので学校では知らない人がいないほどの有名人なのでしょうね。
今回、「マツコの知らない世界」への出演が決まったのも納得できますね。
では、宮沢汰佳くんをもっと掘り下げていきますね。
宮沢汰佳くんのwiki風プロフィール
引用元:https://www.mbs.jp/mint/news/2020/04/06/076360.shtml
そもそも「宮沢汰佳って誰?」って方も多いと思います。
そんな方たちのために宮沢汰佳くんのプロフィールを紹介していきたいと思います。
氏名 | 宮沢汰佳(みやざわたいが) |
生年月日 | 2003年6月14日 |
出身地 | 長野県長野市 |
出身中学校 | 長野市立川中島中学校 |
在学高校 | 長野俊英高等学校 |
好きな科目 | 美術・国語 |
現在、宮沢汰佳くんは高校2年生です。
好きな科目に美術があるのは納得ですね。
引用元:https://www.mbs.jp/mint/news/2020/04/06/076360.shtml
在学中でありながら自称高校生仏師として仏像を製作し続けています。
宮沢汰佳くんの姿を見て多くの方が気になるのは容姿ではないでしょうか?
ヘアースタイルは大の仏像マニア「みうらじゅん」さんを意識しているそうです。
服装に関しても、ゆとりのあるアジアン系の極彩色な服装が好みとのことです。
仏師として活動している宮沢汰佳くんですが、両親も応援されており、製作した仏像を祀る場所を自宅に作っています。
しかもDIYで自作しちゃっています。
引用元:https://www.mbs.jp/mint/news/2020/04/06/076360.shtml
引用元:https://www.mbs.jp/mint/news/2020/04/06/076360.shtml
そして、仏像を製作する時には、参考にする仏像を写真などを何も見ないで製作しています。
幼い頃から数多くの仏像を見てきたので全ての仏像が頭に入っているとのことです。
田中本家博物館では「高校生仏師 たいがのミホトケ展」開催中です。(3/29まで)
高校生仏師の宮沢汰佳さんによる仏像作品が展示されています。
3/14(土)14:00~ ご本人によるギャラリートークも開催されます。同時開催の「豪商 田中本家のひな祭り展」もぜひご覧ください。 pic.twitter.com/rAm0z58Ai5
— 須坂市観光協会 (@suzaka_kanko) March 10, 2020
よっぽど仏像の事が好きで頭の中に入っていないと普通はそんなことできませんよね。
それにこの和室(本堂とよんでいる)の中の飾られている数々の仏具。
これ、自分のお小遣いで買ったものや自分の誕生日プレゼントで買ってもらったもの、ロウソク立てなんか「メルカリ」で購入しているそうなんです。
これで、17歳の少年です。
自分の17歳の頃と比較してみてください・・・
やっぱり、ただものではなかったですね!
以降ではその宮沢汰佳くんの経歴(なぜ仏師の世界へ?)をお伝えしたいと思います。
宮沢汰佳くんの経歴(なぜ仏師の世界に?)
ここでは宮沢汰佳くんの経歴を紹介するうえでいくつかの項目に分けて詳しくお伝えしていきます。
1.変わっていた幼少期
2.仏像との出会い
3.仏師になるまで
1.変わっていた幼少期
宮沢汰佳くんが幼少の頃に興味を示していたのが、なんと「お墓」!
宮沢汰佳くんの家族も「生後6か月でお墓を眺めていた」「2、3歳でお墓を見てキャーキャー騒いでいた」「変わり者」「変態」とおっしゃっており、私達もそんなのを聞いただけでも変わった子供って思っちゃいますよね。
幼少の汰佳くんの目には墓地なんて言ったら、例えばライブ会場に来たような気持ちが高揚してしまうような場所だったのでしょうね。
私には・・・汰佳くんの家族がおっしゃっている気持ちがなんとなくわかります。
2.仏像との出会い
宮沢汰佳くんと仏像との出会いは一冊の本がきっかけです。
引用元:https://www.mbs.jp/mint/news/2020/04/06/076360.shtml
宮沢汰佳くんは幼少時代に母親の友人から「こんなのが良いのではないか」と仏像の本をプレゼントされました。
これが今の汰佳くんの原点となっている仏像との出会いです。
汰佳くんは本に載っている千手観音像の写真を見て「かっこいい!」と思い、一気に仏像にのめり込んでいったのが始まりだそうです。
引用元:https://www.mbs.jp/mint/news/2020/04/06/076360.shtml
ちなみに、宮沢汰佳くんの初恋の相手は「室生寺(奈良県)の十一面観音像」とのこと。
「2次元のキャラクターに恋した」なんて、たまに聞く話ですけど・・・
そんな感覚だったのでしょうかね?
3.仏師になるまで
そんな変わった宮沢汰佳くん、5歳で初めて幼稚園の粘土遊びの時間に初恋の相手「十一面観音像」を作ります。
引用元:https://www.mbs.jp/mint/news/2020/04/06/076360.shtml
子供の頃に大好きなもの(例えばアニメのキャラクターなど)を絵にかいたり粘土で作ってみたり誰しも経験があるとは思います。
汰佳くんの場合はそれが仏像だったのでしょう。
それからも汰佳くんは仏像を作り続け結果が300体以上になり、自らを仏師(仏像を作る人)と名乗るようになったわけですね。
木彫りのイメージが強い仏像ですが、粘土で仏像を作る手法は奈良時代からある塑像(そぞう)という立派な技法なんです。
仏像を見た時には目の辺りの表情の表し方や衣紋(仏像の着ている服のしわの事)の表現はどうなっているのか等々をついつい見入ってしまうそうです。
今でもその仏像づくりに対する探究心や愛情は冷めることなく今に至っています。
その熱意は作品展を開くまでに
今現在、高校生となっている宮沢汰佳くんですが中学生(14歳)の頃にはすでに作り上げてきた作品で地元長野で個展まで開いているんです。
他にも中学生時代に善光寺宿坊の長養院での個展も行なっていました。
全国区ではまだ無名でもすでに地元では名の知れた有名人だったのですね。
数々の個展での実力が認められた結果なのでしょう。
すでにテレビ出演もしていました。
今回は「マツコの知らない世界」での出演となりますが、地元MBSテレビだけに留まらず昨年はテレビ朝日の「サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん」という番組でもすでに紹介されていた注目人物だったわけです。
もうここまでいったら自称ではなく立派な仏師ですよね。
次のページでは、宮沢汰佳くん作品である仏像をいくつかご紹介します。
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