新庄剛志の凄さは何?成績だけじゃない伝説に現役復帰も加わった!

プロ野球

「新庄剛志は凄い選手だった。」とまだ鮮明に新庄剛志さんの活躍を憶えているかも多々いると思いますし、数々の伝説もあいましたね。

 

野球界から引退をしても何かと話題になったりしていました。

 

そして2019年には「もう一度プロ野球を目指す!」と現役復帰を宣言し、現在もトレーニングを行なっているそうです。

 

そんな新庄剛志さんの凄さは何だったのか、選手時代の成績や伝説となっている事などを紹介していきます。

 

新庄剛志の凄さとは何!?

 

 

ここでは新庄剛志さんのプロ野球選手としての凄さを紹介していきます。

いくつか項目を挙げてお伝えします。

 

  • 守備
  • 走塁
  • 打撃
  • 身体能力
  • メジャー

 

守備

 

新庄剛志さんの現役時代でもっとも評価されていたものが『守備』です。

 

 

プロ入り前から新庄剛志さんの強肩はスカウトマンから高い評価を得ていて、同時期にスカウトの対象とされていた松井秀喜さんよりも肩の評価に関しては新庄剛志さんの方が上だったそうです。

 

その強肩から投げられる返球はレーザービームと呼ばれ、数多くランナーを刺してきました。

 

また足も速く守備範囲も広いことで知られていて、選手時代には隣の外野手のフライで捕殺したシーンは他のプロ野球選手でも考えられないシーンの一つです。

 

この時のレフトは坪井選手で、他のメンバーも新庄剛志さんの守備範囲の広さ・肩の強さを熟知した上で「新庄が獲るのであれば任せよう」という事になっていたそうです。

 

 

新庄剛志さんは現役中、守備で活躍をした選手に贈られるゴールデングラブ賞をなんと10度も獲得しています。

 

守備だけでみるのなら、あのイチローさんよりも上だという評価もあります。

 

 

走塁

 

新庄剛志さんも走塁も一級品です。

 

 

プロ野球界入り前の新庄剛志さんの足の速さはプロのスカウトマンからも評価は高く、打撃こそは若干低い判定だったものの、足の速さはA判定を受けていたそうです。

 

高校生時代の100Mのタイムが11.7秒を記録していて、一般高校生(3年生)の100Mの平均タイムが14秒と言われていますので、やっぱり早いですね。

 

阪神タイガース在籍時の1993年には年間13盗塁と成績を残しています。

 

右打者であって常にフルスイングをしていたことで一塁までの走行タイムは平均値を下回っていたものの、一塁を回ってからのスピードは速く阪神時代の1994年・1999年には3塁打をそれぞれ7本打っていてリーグトップになっているほどです。

 

2004年のオールスターでのホームスチールは圧巻でした。

 

 

右ピッチャーからのホームスチールは見事でした。

 

 

打撃

 

 

新庄剛志さんの打撃に関しては、数字では目立った記録はないもの、印象に残る場面が数々あります。

 

新庄剛志さんのプロ野球時代の打撃成績は日米通算打率.252となっていて、数字だけ見てみれば他の引退した選手と比較してみても決して優れた成績だとは言えません。

 

しかし、あの通算安打世界記録保持者のイチローさんでさえ「僕はヒットにできるボールをヒットにしているだけで、ヒットにできないボールを毎回違ったフォームでヒットにしてしまう新庄さんの方が僕より天才。」と言っています。

 

また、野村ID野球の継承者と言われる古田敦也さんも「新庄選手は一般打者からは外れたマニュアルにない打者。」と言わせています。

 

満塁時などの勝負強さはあって日本・メジャー通算で満塁ホームラン数9本、またサヨナラ安打数は10本と成績を残しています。

 

そういうことを考えると現役時代の新庄剛志さんは良いクラッチヒッターと言えると思います。

 

数字のみは好成績こそは残せていなくてもチャンス時や一打逆転のシーンなどでは「この男なら打ってくれる。」と思わせてくれる人物なのでしょうね。

 

 

身体能力

 

 

新庄剛志さんのその身体能力はずば抜けていました。

 

阪神タイガースでプレーした真弓明信さんは「新庄の身体能力・潜在能力はプロ野球選手ならば誰でも嫉妬してしまうくらい」と言われています。

 

子供の頃は父親が福岡で造園業を営んでおり小学生時代は家業の手伝いで石を持ち運んだりして鍛えていたのだそうです。

 

小学生の頃は運動会の徒競走などはぶっちぎりの1番だったことや、一度見たバク宙を一発でできたという話もあります。

 

また野球を始めたきっかけが「野球が苦手だったから。」だそうです。

 

幼少のころから身体能力は人よりも優れていたのでしょう。

 

笑ってしまう話ですね・・・

 

新庄剛志さんは上半身の柔軟さが非常に優れていて鞭のようにしならせた身体、そしてバランス能力・強靭な腹筋・背筋の強さなどが

守備でも生かされている強肩を生み出し、一見細く見えるあの体つきからでもミートしたボールを遠くへ飛ばすことができているのだそうです。

 

そんな人並み外れた高い身体能力があったからこそ日本プロ野球やメジャーリーグでも活躍できたのでしょうね。

 

メジャー

 

 

新庄剛志さんはFAを宣言し日本人野手として初のメジャーリーグでプレイされています。(2001年から2003年まで)

 

その当時はメジャーリーグで挑戦している野手は誰もいない状態でした。(投手では元近鉄バッファローズの野茂英雄さんが活躍)

 

体格など劣った日本人野手は通用しないという根拠のない風潮が漂っていた時で、「恥さらし」「通用するわけがない」など批判ばかりでした。

 

「現在の甘えた状況ではいけない」「日本人選手がここまで通用するんだという証、そして他の選手の挑戦のきっかけになれば」

 

新庄選手が阪神タイガースから提示された5年12億円という大金を蹴ってまでも挑戦した理由がそのようなことだそうです。

 

そんな周りの予想とは反して開幕メジャー入り、そして開幕戦の出場、メジャー初安打を記録しています。

 

また日本選手最高峰と言える守備でメジャーリーグを沸かせます。

 

 

新庄剛志さんのメジャーリーグ在籍期間は3年間と短い期間でしたが、歴代新人外野手捕殺記録の樹立や日本人初メジャーリーグでの満塁ホームラン、メジャーリーグ初の日本人4番打者、日本人選手として初のワールドシリーズの出場など輝かしい成績を残しました。

 

現在ではFA権を行使してメジャーリーグに挑戦する選手は当たり前のようになってきましたが、その道を切り開いた新庄剛志さん、カッコいいとしか言えませんよね。

 

 

新庄剛志さんは野球選手として一流のプレイヤーだったことが伝わりましたか。

 

どこに行っても何をしても目が離せない男、新庄剛志。

 

次は成績を除いた話をお伝えします。

 

 

新庄剛志の成績だけじゃない伝説

 

まだまだ話は終わりません。

 

ここからは成績以外での伝説をお伝えします。

 

 

  • ピッチャー新庄剛志
  • 敬遠球を打ってサヨナラ勝ち
  • 歌手:新庄剛志
  • パフォーマンス
  • ホームスチール
  • 引退宣言
  • そして現役復帰宣言

 

ピッチャー新庄剛志

 

新庄剛志さんは1999年のオープン戦で読売巨人ジャイアンツ相手にピッチャーで登板しています。

 

あの2刀流で有名なメジャー大谷翔平選手よりもずっと前に。

 

当時の監督は名将といわれた野村克也監督。

 

「下半身の使い方を覚えさせるため」「相手ピッチャーの心理を知るため」などの理由があったそうですが、最高時速147キロを記録し見事に3者凡退に仕留めています。

 

 

「強肩のやつは多く見たが、新庄は桁外れの強肩。純粋にこいつが投げたらどうなるのかを観たかった。ちゃんとした指導さえすれば150キロはいける。」とさえ、あの野村監督が言っています。

 

本格的な新庄選手の2刀流も観てみたかったですね。

 

 

敬遠球を打ってサヨナラ勝ち

 

もはや新庄剛志さんの伝説のワンシーンとなっています。

 

このシーンの3日前にも敬遠をされていて、敬遠球を打つために練習をしたのだそうです。

 

 

相手チームの監督はあの長嶋茂雄監督。

 

試合後に「次の新庄の場合の敬遠は新庄の背中の後ろ側に投げろ。」と言ったそうです。

 

ヒーローインタビューでは「明日も勝つっ!」と言いましたが、翌日の試合から5打数ノーヒットでした。

 

 

歌手:新庄剛志

 

阪神タイガース在籍時代、新庄剛志さんはCDも出しています。

 

 

私見ですが・・・歌は人並みな気がします。

 

 

パフォーマンス

 

阪神タイガース時代から新庄選手は人気選手でしたが、メジャーリーグを経て日本ハムファイターズに入団してからは、そのパフォーマンス度合いは一気に増しました。

 

 

間違いなく新庄剛志さんが日本ハムファイターズに入ってからチームは変わりました。

 

プロではある集団ですが、最も野球を純粋に楽しんでいた集団でもあったと思います。

 

新庄剛志さんは野球選手であったと同時に誰よりも観客を沸かせる素晴らしいエンターテイナーでした。

 

 

ホームスチール

 

2004年のオールスターゲームで新庄剛志さんはホームスチールを決めました。

 

オールスターゲームで相手バッテリーは気が緩んでいたとはいえ、ホームスチールは足の速さ、判断力の良さ、スライディング能力が高くないと出来ないプレーです。

 

 

球場の観客、そして選手までも盛り上がっていますよね。

 

走塁もさることながら、そのパフォーマンス精神はもう見事としか言えません。

 

 

引退宣言

 

新庄剛志さんは2006年4月、試合後のヒーローインタビューで突如シーズン終了での引退を発表しました。

 

 

この後、引退を惜しむファンから引退撤回の署名活動まで起こりました。

 

その2006年、(言い方は非常に悪いですが・・)万年Bクラスの弱小チームが、新庄剛志さんが来てわずか3年で44年ぶりに日本一となりました。

 

 

なんと、この時の北海道地区瞬間最高視聴率73.5%です。

 

ファイターズファンだけでなく、北海道民だけでなく、日本中を虜にした男の最高の瞬間だと思います。

 

 

そして現役復帰宣言

 

2019年11月、突如現役復帰を宣言された新庄剛志さん。

 

 

今現在も復帰に向けてトレーニング中とのことですが、自身のInstagramでも練習模様を公開しています。

 

厳しい意見も多々あるのはわかっています。

 

でも、やっぱりどこかで「この男なら・・」って思っちゃいますよね。

 

まとめ

 

新庄剛志さんのプロ野球時代の記録や凄さなどを本当に僅かですがお伝えしました。

 

新庄剛志さん、いつの時もなぜか人を惹きつける男。

 

他の誰よりも優れたこの最強の「人ったらしさ」が新庄剛志さんの最大の魅力なのではないかと私は思います。

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